2012年2月29日 (水)

フェアアイルセーター工房「ten old」誕生秘話④

さて、我がフェアアイルセーター工房「ten old」で使っているのは、フェアアイルセーターの伝統に忠実に、「シェトランド諸島で暮らしているシェトランド羊」の毛糸。

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シェトランド羊の毛。いろんな色の毛があり、自然に抜け落ち、島の原野を転がっていく

英国最北のシェトランド諸島に暮らすシェトランド羊は、ヒースの原野で自由に生きる。
年に一度集められて毛を刈られるけど、それ以外は厳しい自然のなかで気ままにサバイバルしている。家畜というよりほとんど野生動物で、数千年にわたってシェトランドの気候風土に適応してきた。

ところでシェトランド諸島といえば海鳥の一大営巣地として有名。
夏の間、この地で繁殖し子育てするために無数の海鳥がこの島々に集まる。

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パフィン

その海鳥の一つがパフィン(和名:ツノメドリ)。昼間は海上でイカナゴなどを捕り、夕暮れとともに島の大地へと戻ってくる。巣は、大地に開いた横穴だ(使われなくなった野ウサギの巣穴を借用)。

さて、このパフィンとシェトランド羊の関係はこんな感じだ。
シェトランド羊が土を踏み固めることで土砂崩れが起き難くなる

地中を巣穴にするパフィンの繁殖地が守られる

そしてパフィンの落とす糞が養分となり育った牧草をシェトランド羊が食べる。

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シェトランド羊がさまよう原野は、夕暮れ時になるとパフィンだらけに。フェア島にて

羊の放牧というと、一般的には本来の自然生態系を壊して牧野に変えて・・・というものだけど、シェトランド羊の場合、その存在はシェトランド諸島の自然生態系の一部。
一般的な放牧羊からの毛糸は、いわば「自然からの略奪」に近いものだけど、
シェトランド羊からの毛糸は「自然からの恵み」なのだ。
「大自然からの恵み」といえる服なんて、今の世界ではそんなに多くないし、絶滅寸前(例えば北方の民族が着る、カリブーやアザラシの毛皮のアノラックとか)なんだよな―

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2012年2月21日 (火)

フェアアイルセーター工房「ten old」誕生秘話③

ただ普通に生きているだけなのに、「罪なやつ」になっていたりする。

例えば、日常的なレベルでいえば衣類。

お気に入りのジーンズを染色した工場は、インディゴの廃液を垂れ流して海を汚染しまくっているかもしれない。
竹など天然のものから作られる繊維「レーヨン」は土に還る素材で環境に良さそうだけど、その生産過程では毒を外部に撒き散らす―などなど。

だけど、羊毛から編まれたセーターなら、その罪も少ないのではないか・・・と思っていたのだが甘かった。
某アパレルメーカーのカタログを眺めていたとき、
「わが社のメリノウールはミュールズ手術を施していないメリノ羊から採取され―」
という記述を見つけ、なんだろうなーと調べていたら・・・。
「ミュールズ手術」ってけっこうエグイです。

まあ、人と家畜との付き合いというのは、つまるところ命のやり取り。
なので、ミュールズ手術のことをことさら残酷だ、とは言えないのだろう。
が、やっぱりちょっとキツイよな~。

で、15年前のシェトランド諸島&フェア島の旅を思い出してみる。

島の大部分は原野で、原野にはどこでもシェトランド羊がいたから、それはもうたくさんのシェトランド羊を毎日見た。みんな美しい姿で、ミュールズ手術の痕跡はなかった。
シェトランド羊は島の自然によって生み出された、野生種に近い羊だ。経済的な理由で交配を繰り返された家畜の羊とは違い、人が手をかけなくても、大自然の子として強く生きてゆける。

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そんなシェトランド羊から、少し暖かくなった時期に羊毛をいただくのは(そのままにしておけば、結局自然に抜け落ちてしまうのだ)、フェアな行為だと思う。

そしてそれを紡いで毛糸にして、美しいセーターへと編み上げていけば、シェトランド羊への(つまりはこの星で共に生きる命への)敬意を示すことにもなる―、のだと思いながらフェアアイルを創作し続けてはや14年の「ten old」でございます。

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2012年2月15日 (水)

旅の手帖の表紙は石亭

現在発売中の旅の手帖の今月号(3月号)の表紙に、私オオムラ撮影の写真が!

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高級旅館・石亭(宮島の対岸)に泊まりながら、くつろぐ間もなく撮影した甲斐あり。
ちなみに今月号の特集は、記念日に泊まりたい温泉宿。
しつらえもサービスも料理も値段も抜群の宿が、目白押しであります。
アウトドア派の我が家は、この先泊まることはないだろう(愛犬フクちゃんもいるし)。

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2012年1月26日 (木)

アートから、いただく

倉敷の大原美術館へ。

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モネやピカソやゴーギャンの絵が目的ではない。

ここの本館に、ちょっとした知り合いである某女性アーティストの作品がいくつも展示されているのだ。

その女性アーティストの両親が大学探検部の先輩で、
彼女が小学生低学年のころに、
よく家に招待されて夕食をご馳走してもらった。
彼女が素っ裸で走り回っていたのを覚えている。

その後は疎遠になっていたのだけど、気づけば新進気鋭の超有名若手芸術家に。
手品にはまったり、藁人形にはまったり、
子供の頃からなり個性的だったから、『やっぱりなあ』とも思う。

でも、きっと、「やっぱりなあ」どころではない才能と努力があったのだろう。

エル・グレコの『受胎告知』と正対するように彼女の作品が展示されていた。
その画力、迫力は、エル・グレコにまったく負けていない。
感想や言葉を置き去りにするなにかが、そこにはあった。

創作に関わる人間に必要な心構えを、教えられたような気がする。

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●大原美術館
「松井えり菜 サンライズえり菜~大原美術館をおもちゃ箱~」
は、2011年.4月8日まで

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2012年1月 2日 (月)

三つ子の魂、百までなのか

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正月に実家に帰った折、妹家族を率いて裏山に登った。

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そういえば小学生の頃はしょっちゅう裏山に登っていたなあ~と思い出しつつ、
結局登山が趣味になっちゃったし、
仕事で山のことを書いてるんだな~と感慨に浸る。

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人生に迷ったら、三つ子の魂のころを思い出すといいかもしれない。

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2012年1月 1日 (日)

シンクロニシティ?

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小説にするのだ!と、ずっと考えを巡らしてきた物語がある。

昨年末、近所の砂浜で、
「その物語の冒頭に」とイメージしていた場面と瓜二つな光景に出くわした。

「それ」の姿も、「それ」駆け寄る福ちゃんも、
あまりに私のイメージそのものだったので、少し気味悪くなったほど。

「さあ書け」ということなのか?

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2011年12月31日 (土)

大晦日に原稿を考える

穴吹川のアウトフィッター、Tripの大晦日忘年会に参加するはずが、
原稿仕事が終わらず、急遽参加を断念。
ウッシー、アイコさん、ほんと、すみません・・・
かなりどうでもいい原稿だったのだけど、引き受けた以上は、
約束を守る、それがプロ・・・なんちゃって。

とまあ、かなりどうでもいい原稿なので、書きながらも、他の事が頭をよぎる。

今、書きたいネタとしては3本ある。

その一は、小説。ただ、本として出版するには高いハードルがある。

その二は、アウトドア系のハウツー的な本。
売れそうな内容なので、出版に至るのは容易な気がするけど、
そういうハウツー本を書く自分の姿を直視するのは、ちと辛い。

その三は、「彼らの激流」の続編。
つまり、あの峡谷のリバーガイドをめぐるノンフィクションだ。
けれども、今の状況だと、もし出版することになると、いろいろと波風を立てることになりそうだ。さてどうしたものか。

そこに書かれるだろう内容は、例えば田舎暮らしの真実。
田舎の人の排他的なところ、
超保守的なところ、
国からの補助金や公共事業ですっかり依存(たかり)体質になっていること、
むやみにいばり、利権を要求する地域ボスの存在など、
田舎の暗部を書くことになるだろう。

自分の足で、自分の才覚で人生を切り開こうとしている、
リバーガイドたちの人生と並べられることで、
田舎の暗部はさらに濃く感じられることだろう。

真実を切り取る、という意味では、大いに意味のあるライティングになるだろうけど、
近頃の「田舎暮らし礼賛」な風潮にさからうことになる。
田舎の「絆」のよい面ばかりに目が向いている今の世相に、
「あんた、そりゃ違うよ」と言うことになる。
つまり、書き上げたとしても結局、出版社側からは、「まあ、そりゃそうなんだけど、今出版するのはねえ」と言われるのだろうなあ。

彼らの激流 Book 彼らの激流

著者:大村 嘉正
販売元:築地書館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

四国の深い峡谷に生きる、リバーガイドたちの群像
辺境の山里での暮らし、
激流にもまれる冒険の日々、

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2011年12月29日 (木)

漕ぎ収め

こんなに年末に、そして寒くて水温も低いのに漕ぐのは、
20年前の南東アラスカ・シーカヤック旅以来だ。

冬の吉野川は、ジンのように透明な流れ。なんと美しいのか。

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ある程度の防水ウエアで漕げば、水温7度でも平気なものですな。
この冬はもっと漕ごう。
そして来年こそは、大歩危を涼しい顔で漕げるパドラーになろう。

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2011年12月12日 (月)

雪山犬

寒波が来たけど、大して雪は積もってないよ、との予想の元、剣山系の塔丸へ。

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が、完全に雪山

靴など足元が雪対応ではなかったけど、天気はいいし、気温は零下になっていないので登ってみた。

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ふかふかの雪をものともせず、ラッセルしていく福ちゃん。
しんどくても、先頭はゆずらないのだ!

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ようかん、うまうま。寒いと、甘いものが美味しいね~by福ちゃん

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2011年12月11日 (日)

九州で、大地の力を巡る旅③(最終回)

(このブログ更新は12月11日だけど、お話の内容は11月28日ことです)

くじゅう登山の翌日、山を下って小鹿田の里を目指した。
江戸時代から続く陶芸「小鹿田焼」の窯元が集まった集落である。

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小鹿田焼

僕ら夫婦は小鹿田焼が好きで、その故郷を訪ねるのが長年の夢だった。
小鹿田焼を好きになった理由はいろいろあるけど、3つあげるとすれば・・・
① 小鹿田焼の特徴の一つである、無数のカンナ目が生み出す幾何学的な美しさ
② 小鹿田焼は江戸時代からの伝統的な様式を守り、陶芸家の個性が作品にあまり表れていないこと(微妙な巧さ、センスの良さは伝わってくるが)。それはつまり「小鹿田焼は昔も今も、あくまでも生活雑器」という姿勢であり、また、それゆえにか、値段も安い
③ 小鹿田焼の各窯元は、一子相伝

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小鹿田の里は、筑後川中流にある小京都・日田から北へ約30分。
小川の囲む小さな谷に沿って10軒の窯元が並んでいる。
そこにあるのは、江戸時代から続く、自然と人の力と手技足技だけを使う陶器作りだった。

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里には杵打つ音が響き渡る。各窯元はこの「唐臼」を持っていて、水力で陶土を細かく砕く。

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登り窯は各窯元ごとにあるようだが、共同で使っているらしい。もちろん薪で焼く。

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足で蹴るロクロで整形するという。

各窯元では作品を販売しているのだが、ここで予想外。あまりよい作品がならんでいないのだ。とても安いのだけど。
カミさん曰く、「よく出来たものは、出荷しちゃうんじゃないかな」

というわけで、日田市街に戻り、下調べしておいた綾部商店へ。「小鹿田焼10軒の窯元の秀作が一堂に」という触れ込みは本当でした。しかも買いやすい値段。お勧めです。

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午後は再びくじゅう連山周辺に向かい、熱い蒸気がいたるところから噴出しまくる集落へ。
ここにはどんな暮らしがあるのか・・・興味は尽きません。

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この集落で温泉と、大地からの蒸気を使った料理を堪能。

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かなりの充実感に満たされて旅を終えました。
その理由を考えてみたのだけど、それはたぶん、
〈そこに「元々有るもの」を、損なうことなく利用した観光地〉を旅したから。

長いときをかけて出来上がった自然や、伝統に裏打ちされた文化に勝る観光資源はない、というのは「いまさら」な常識。
だけど、それを無視したり、壊している観光地がどれだけ多いことか・・・

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