よりよく生きる

2008年9月 6日 (土)

作家の集い

四国山地を越えて、高知市街へ。
友人であり、「彼らの激流」の登場人物、トオルの店「topiv art」の二人展におじゃまする。
トオルと、トオルの兄さんが作った革製品、アンティークビーズのアクセサリー、益子焼などが所狭しと並んでいた。
お近くの方はぜひ行ってみてください。個性のある、でも品のいい作品たちばかりです。

Topiv94
topiv art にて

で、そこで、私のカミさんと愛犬福ちゃんを交えて、4人と一匹で長々と雑談。
写真と文筆業(オレ)、セーター作家(カミさん)、ビーズと革の作家(トオル)、革と益子焼の作家(トオルの兄ちゃん)という、4作家が集まって、
「とにかく大ブレイクするまで、ねばろう。ねばているかぎり、敗北はない!」と、互いを励ます。涙。
その合い間に、「topiv art」の隣のコーヒー豆屋さん「豆蔵」に行って、ここでも雑談。
主人の岡ちゃんはカヤッカーで、いつも楽しく話の相手をしてくれる。
「自営業はたいへんだよねえ」
「はたから見たら気ままな商売に見えるけど、日々ばくちを打っているようなものだよね」
「綱渡りだよね」―などなど。
豆蔵のコーヒー豆、美味しいです。topiv art と共にお勧めです。
18年前、大学を卒業したばかりの頃は、アーティストやちょっと変わった自営業者の友人なんて、これっぽっちもいなかった。
ライター業を始めたころも、そうだった。
でも自分がやるべき道をみつけて、がんばっていると、同じような目線で人生を楽しめる仲間が、自然とできてゆくものですね。

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高知への山越えの途中、ラッキーラフト(ラフティングツアー会社)さんの下にある清流で、福ちゃんは息抜き。

築地書館刊・「彼らの激流」、大きな本屋か、モンベル直営店にて好評発売中!

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著者:大村 嘉正
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四国の深い峡谷に生きる、リバーガイドたちの群像
辺境の山里での暮らし、
激流にもまれる冒険の日々、
大自然の傍らで生きようと、模索を続ける青年たち―

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2008年6月18日 (水)

食はレジャー

「食はレジャー」といっても、我が家の場合は「食べる」だけでなく、作るところから始まる。一昨日は坦坦麺を作った。手打ちで麺を作って、ラー油も自家製。

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罰ゲームに近いくらい辛くて、旨い。手打ち麺は最高だ。

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昨日の夕食はこんな感じ。モッツァレラとサラミのみじん切りをナスで巻き、水煮トマトをかけてオーブンで焼く。

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ワインについては、ここ数年、南アフリカ産に注目している。ディックフランシスの小説でもこの国のワインについては褒めていた。値段は千円ちょっと、安くて旨い。

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料理は間違いなく我が家のレジャーの柱。これに加えて、海や川でカヤックを漕いで、山に登って、たまによい旅をすれば充分。
年収が少なくても、この生き方なら、人生は楽しい。

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2008年4月21日 (月)

ささやかな発見

今日の昼前に近所のスーパーで買い物をしていると、大歩危小歩危(我が家から約50キロ離れている)のリバーガイドである「ナベちゃん」にそっくりな人が買い物籠を押していた。
すごく似ているなあ、と感心してると、本人でした。これからシーカヤックで瀬戸内の島に渡り、バーベキュー祭りだとか。
こんな場所にいるはずがない、と思っていると、事実を受け入れられないものですね。
「先入観は目を曇らせる」、ささやかな出来事だったけど、そんなことを学んだ1日でした。

夕食はタコスに挑戦。自分で作ったトルティーヤは美味。

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リバーガイドのナベちゃんも、ほんの少し登場する彼らの激流 、好評発売中!

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2008年1月 1日 (火)

福ちゃん初散歩

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今年もよろしくお願いします。

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2007年12月26日 (水)

快調なのだ

このブログに体調不良の顛末を書いたところ、いくつか心配のメールをいただいた。
お騒がせして申し訳ない。
下の写真のように、激流カヤックを撮影したりと、変わらず元気であります。

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左の岩のオレンジシャツが私(撮影者はアソ君。どうもありがと)

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2007年12月21日 (金)

喉の、いたみ (3)

 病院へと車を運転しているとき、まず思い浮かんだのは、「診察を一人で待つあいだ、心は乱れていくのだろうか」だった。しかし実際は眠いばかりだった。思考は断片的に浮かび、そして明け方の夢のように薄れていった。

― 癌が進行していれば、声帯を切除される。人と話をして記事を書くという仕事は不可能になるな ―

― この15年間はよかった。ヒマラヤ、アラスカ、コスタリカ、そして日本各地の川と山を、登り、下り、旅をした。やりたいと熱望したときに、躊躇なく。これほど自分に正直でいられたのは、幸運だった ―

― 親父は癌を宣告されたとき、何を思ったのか。末期になったころ、病床で何を考えていたのか ―

― 結婚してこの町に来てからは、お金には苦労しているが、実に幸せだった。家族、愛犬、友人、海、清流、自然…。ここで癌になるのも、辻褄合わせみたいなものだろう。だから自分は構わない ―

― 残される妻には、何を ―

 12時半が過ぎてもまだ呼び出しはない。癌の不安をかかえていても、腹が鳴った。看護士が私の名を呼んだ ―

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 病院と我が家を結ぶ道は、海辺の干拓地を貫いている。空が広い。家へは、北に向かって車を走らせる。
 順光の空は青が深かった。ヒドリガモが羽を広げ、旋回しながら冬枯れの田んぼを検分していた。二番穂を啄ばみたいらしい。私は道端に車をとめ、その様子を眺めた。
 30羽以上の群れだ。私の上で旋回するたびに、「ピピピ」と、風を切る音がする。痛めたのだろうか、羽の端が乱れているのが2羽いた。

〈あの医師は隠し事が出来ないな〉と、私は思い出していた。症状を告げたとき、彼は明らかに不安気なそぶりを見せたのだった。そして検査の後、実に晴れ晴れとした声で、「なにもないです!」
 しかし、実のところ、〈まったくのシロではないのだろうな〉と、私は思った。下咽頭癌は発見が難しい。たとえ内視鏡で診察しても。
 でも、だからといって、どうだと言うのだろう。癌になるかもしれないし、新型インフルエンザでこの冬に死ぬかもしれなし、明日の朝、暴走車に潰されるかもしれない。どれだけ生きられるか、それは誰にも分からない。

 私は空を仰いで、羽根を傷めた2羽を見た。うまく飛んでいた。
 彼らはやるべきことを ― もしかしたら、やりたいことを ― していた。
 かわりなく、いつものように。

(おわり)

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2007年12月20日 (木)

喉の、いたみ (2)

 喘息の検診での血液検査の結果が私は気になっていた。白血球の数が少し多い。そして私の父親は、まず胃癌になり、完治し、そして肺癌になり、死んでいた。「喘息に伴う炎症によって白血球が増えた」と考えるのが妥当だろうけど、しかし・・・・

〈咽、痛み、小骨が刺さった、咽の閉塞感〉とキーを叩き、インターネットで検索すると、めぼしい病気がすぐに見つかった。
〈下咽頭癌。早期発見はまれ。予後は不良で、5年後生存率は平均すると40パーセント…〉
 良くも悪くも「検索」の時代、自分の病気もだいたい見当がついてしまう。落ち込んだり絶望して医者に行かない―現実逃避する人もいるのだろう。その気分も分かるけど、なんだか格好がわるい。さっさと検診を受けようと思った。だが、12月17日よりも後にしよう。誕生日を目前にして、夫の癌を告げられるのは、妻にとってかなりブルーなことに違いない。

 18日、一人で、この地域の総合病院に向かった。長時間待たされるだろうが、内視鏡手術の症例数が多い(これもインターネット検索でわかった)病院は、この辺りではあまりない。案の定、2時間半、患者たちの顔を眺めることになった。
 耳鼻咽喉科の待合の長椅子に腰掛ける人は中高年以上ばかりで、中年の私でさえ目立っていた。みな長い待ち時間だ、暇だから私の方をちらちらと見る。前の長椅子に座っていたおばさんがくるりと振り返り、しわがれ声で話しかけてきた。
「お兄さんは何処が悪いのか」
「咽に変な痛みがあるんですよ」
「はあ」
「たぶん、癌じゃないかな」
 少しぶっきらぼうな物言いだったのだろう。おばさんは一瞬黙りこみ、そして、「まだ若いのでしょう、それなのになあ」と少し目を細め、皺を深めた。
 まだ若い、か。働き盛りの40歳だから、それは当たっている。けれども哀れに思うのは、おばさんの勘違いだ。
 早死にしても、自分は、哀れではない。

(つづく)

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2007年12月19日 (水)

喉の、いたみ

 どうもおかしい、と思い始めたのは約二週間前、12月5日ごろだ。つばを飲み込むと、何回かに一回、小骨が刺さったような痛みを喉に、声帯のあたりに感じた。数日間様子を見ても、症状はあまり変わらない。厄介なことに、この症状は喉の癌を示唆していた。そして癌だとすれば、11月上旬から始まったいろんな変調の辻褄が合った。

 始まりは喘息の発作だった。喉がゼイゼイするぐらいの軽い喘息だったが、一応近所の医者へ。
「喘息の音は、ほとんど聞こえませんね」聴診器を胸に当てながら、このあたりでは「若先生」と呼ばれる内科医は言った。胸のレントゲンを撮り、血液検査もしたが、喘息の兆候はあまりなかった。ただ、白血球の数が多かった。
「弱い喘息なのでしょう。コントロールするためにお薬を出しておきます」

 その頃からだ、声帯のあたりに、シコリがあるような弱い痛みが始まったのは。
 喘息の発作は起きていないのに、喉が詰まるような感覚が、毎日、特に午前中にやってきた。「少し苦しい」と思った。で、その「苦しい」感覚のためか、可呼吸になってしまった。
 もちろんそのときは、これが可呼吸とは知らず、総合病院の救急外来に駆け込んだ。待合室の長椅子にもたれ掛かっているうちに手足はしびれ、胸の下まで麻痺していった。転覆したカヤックから抜け出せなくなってパニックを起こした初心者のように、私は取り乱した。
「先生、せんせい~」細く異様な声で私は叫んだ。「息が苦しいんです、体が痙攣していきます」
 そしてようやく看護婦が一人やってきた。その落ち着いた態度に―それこそ看護師の条件なのだろうけど―私はムッとした。「早く何とかしろよ!」となりふり構わず叫びたかった。でも、苦しすぎて叫べないのが幸いだった。
 看護婦は、私の人差し指を洗濯バサミのような器具で挟んだ。
「酸素は良く入ってますよ。100パーセントです。可呼吸ですね。息をあまり吸わないようにしてください」
 1分もかからずに私は回復した。可呼吸とは実に恐怖を感じさせ、バツの悪い病気である。
 ともかく命拾いをした。そして、「喉の閉塞感の原因は、喘息ではない」と私は思い始めていた。では、いったい。

(つづく)

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2007年12月 3日 (月)

男の料理

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ブルスケッタ(オリーブ、トマト、バジル、おろしにんにく、オリーブオイル、塩、胡椒)

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トロロ汁・・・すり鉢とすりこぎで摺ってないのが、ちょっと侘しい。

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2007年11月21日 (水)

古民家再生男

ほぼ1年半ぶりに山の友人宅へ。

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2年越しで古民家を再生している男です。川の人間でもあります。

「天井裏からこんなものがでてきました」と見せてくれたのは、筆と墨で「寛政○年―・・・・」と書かれた板。つまりこの家は江戸時代に建てられた、ということらしい。

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もともとここは、うっそうとした雑木の藪に覆われた廃墟だった。それはもう、あきれるくらいのあばら家だった。庭の藪をチェンソーで切り開いた後も、歩けば、強情に残る木の根につまずく、そんな頃もあった。それが今では、「住処」としての気配が蘇っていた。

この古民家再生は、男は何から何まで、たいてい一人で、ごくたまに友人の手伝いを得て、こなしていた。天井をはずす、壁を塗りなおす、台所とトイレとシャワー室を新たに、一から作り上げる・・・・。私たちが訪れたときは、ひたすら天井の梁をボロ布で磨いていた。

来年の夏には完成するらしい。

私も妻も愛犬福ちゃんも、ただただ感心するしかなかった。そして、「うーん」と感心できる友人を持てたことを、幸せに思った。

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