2012年2月15日 (水)

旅の手帖の表紙は石亭

現在発売中の旅の手帖の今月号(3月号)の表紙に、私オオムラ撮影の写真が!

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高級旅館・石亭(宮島の対岸)に泊まりながら、くつろぐ間もなく撮影した甲斐あり。
ちなみに今月号の特集は、記念日に泊まりたい温泉宿。
しつらえもサービスも料理も値段も抜群の宿が、目白押しであります。
アウトドア派の我が家は、この先泊まることはないだろう(愛犬フクちゃんもいるし)。

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2010年1月26日 (火)

さらばスペンサー

 アラスカ州の南東部に、インナーパッセージ、直訳すると「沿岸水路」と呼ばれる海がある。そこでは、氷河によって深く削られたフィヨルド海岸と島々が海を分かち、迷路のように入り組んでいる。
 1993年の一夏、僕は一人シーカヤックを漕いで沿岸水路を北上して行き、ジュノーという港町に入った。
9月になっていた。凍えるように薄暗い雲に覆われる日が続き、カヤックの中に突っ込んだ足の指先も、パドルをにぎる手も冷え切り、痛みに鈍くなっていた。僕はこの町で旅を終えることにした。
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 ジュノーはアラスカの州都で人口は3万。急な角度でそびえる山脈の、裾にある街だ。平地は少なく、坂が多い。針葉樹の森が、のしかかるように市街地の後ろに迫っている。山の頂きあたりには氷河がある。州政府関係のビル以外、背の高い建物は少なく、北欧の田舎町のような、素朴で愛らしさを感じさせる家が海岸沿いに寄り添い、並んでいた。
 この町のユースホステルで、セスに出会った。ドミトリーの二段ベットの上と下で少し言葉を交わしただけで、馬が合った。二人で町の裏山の原生林にトレッキングに出かけたり、場末のボーリング場やビリヤード場で勝負したり、南の州の女子大生(夏のバイトでジュノーに来ている)をナンパして、バーにくり出した。そこではカントリーバンドがジャカジャカやっていて、僕らは踊った。そしてまだ19歳の彼の代わりに、僕はビールを二杯分注文したものだった(「こっちのビールは、こっちのビールのチェイサーだ」とごまかすと、バーテンは苦笑いしていた)。
 セスはカリフォルニア大学の学生で、ラフトボートでタティシンシィニ(ワタリガラスの川という意味だ)を下り終えたところだった。川に立ちふさがる氷塊のために山越えのポーテージをさせられるなど、エグい川旅だったらしい。彼は日本のことに興味深々で、「ヨシはバンザイ(盆栽の間違い)を持っているか?バンザイってクールだよね」とか、「相撲の立会いは、何度繰り返すか決まっているの?」などと酒場の喧騒越しに訊いてきた。
 どのタイミングだったのか、彼は「僕はユダヤ人なんだ」とつぶやいた。そこで話は途切れたけれど、これまでにいろいろ(差別・偏見といったものが)あったらしいことは伝わってきた。ここ(アメリカ)には無い何かをセスは日本文化に見つけ、求めているのかもしれなかった。
 アメリカでの大学生活は大変なんだろ、と訊くと、セスは「仕事と勉強の両立がキツイ」とぼやいた。「法律事務所のスタッフとして弁護士のアシスタントをしているんだけど、とても忙しい。タティシンシィニでの休暇も、拝み倒してようやく貰えた」
「アシスタントの仕事って具体的に何をしているんだ?」
「主に調査だね。依頼人に不利益を与える人や、依頼人自身についても」
「私立探偵みたいだ、スペンサーのような」
「ロバート・B・パーカー?読んだことあるの?日本語で翻訳されてるのか?」
「そのとおり。楽しんで読んでる」
「Hey!」セスは少し人をくったような笑い顔になった。「it's a pulp !」
パルプってどんな意味だと返すと、「中身の軽い本」と彼は言った。
「日本語に訳されているのはヘミングウエイやフィッツジェラルドのような文豪の本ぐらいだと思ってた。他にも誰かいる?」。それはもうたくさんいるぞと、僕は名前を挙げた。
「なるほど、日本人はアメリカ人の心をたくさん知っているんだな。しかし僕らアメリカ人は、日本のことを知ろうにも、細い糸をたどるしかない」

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 セスにパルプとみなされた作家、ロバート・B・パーカーが先日亡くなった。確かに、彼が書く「探偵・スペンサーシリーズ」は、読みやすく、イージーなストーリーの内容だ(いつものヤツらの、いつもの冒険)。それでも僕は、すっかりはまっていた。それはこの作品が、〈人生において―様々な人間と関わらずをえない日々の暮らしの中で―自分を保ち、誇りを失わずに生きるにはどうすればいいのか〉について、いくつかの例を示していたからだと思う。そんなことを教えてくれる大人に出会うことがなかった僕にとって、ロバート・B・パーカーは(または探偵スペンサーは)、イケてる叔父みたいなものだった。
 ミスタ・ハードボイルド、ありがとう。

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